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フルスクラッチ模型
TOTALLY FROM SCRATCH
YASUHIKO TANAKA
田中 康彦
精密鉄道関連模型
■26年2日19日 更新しました。
■制作について
●駅舎
【現地調査】
現在の「旧北軽井沢駅舎」は、国指定の登録有形文化財( )という事で、手で触れて汚したり傷つけるような事が有ってはいけませんし、観光客の皆さんの迷惑にならない様短い時間で、非接触による寸法把握を以下の方法で行いました。(コロナ禍より前)
1.事前にネットで建物の特徴を調べ、採寸すべき個所を最小限化しピックアップ
2.現地での採寸は、必要最小限の個所を非接触で行う
3.現地では、人物対比の写真を多数撮影し相対関係で位置関係や寸法を把握する
現地調査(2日間)の採寸箇所は、必要最小限の1つの窓枠の寸法と数種の柱幅のみを対象物に触れず(数㎝離し)に採寸し、各部屋の大きさは、柱と柱の間隔を自身の靴の外形長を利用し、右の靴のつま先に左の靴のかかとを付け、その先にまた右の靴のかかとを付けるといった動作の繰り返しで長さを把握できました。
高さ(Z方向)は寸法を知りたい部分の横に人を立たせ、手をあげたり、横に広げたり、人物との相対比写真を撮影して寸法を決定しました。よって、正確な寸法ではありません!現地調査は数時間で終了し、写真は詳細アップを含め、300枚程度撮影しました。
【設 計】
設計は、外部(駅舎・2ホーム)・内部(駅長室・2つの待合室)で、屋根、軒下、壁板、天井板等の細部まで図面化し、二十数枚の図面を、1mm方眼紙に手描きで作成しました。 大きさを正確に把握するには、CADより1/1(原寸大)図面の方が良いと思います!
設計期間は、1日8時間(土・日含め)約4ヶ月・・・
●その他 建物・ジオラマ
当時の北軽井沢周辺の建物情報は北軽井沢観光協会でも集まらず、映画「カルメン故郷に帰る」とネットや書籍の駅舎写真にわずかに写っているものを頼りに、下記写真のように、工作背後に映画のコマ落し画像等を映し出しながら図面化し制作しました。

※モニタ―画像
私は、フォトフレームに資料写真を入れ、スライドショーで繰り返し流し、必要な個所を見つけると拡大してディテール把握に活用しています。
● 以下に制作途中の写真を載せます

⇚先ず。構造材で骨組みを構成し、
その後、板張りや壁を追加加工

昭和4年建設当時を再現
写真は昭和4年当時、北軽井沢観光協会 秋南様より提供

⇚駅舎の各壁と屋根は着脱式で
よって、ローアングル。接写
撮影可能としています
又、焦点合成撮影も併用




軒下の寺院 建築独特の「飛えん垂木・地垂木」は、実物と数をあわせていますが。寸法は現地撮影写真より推察 塗装は手塗り


このパーツは数が多く、断面上部が半円で下部が正方形で且つ急勾配屋根に貼る為一苦労、最初から曲げて作成!
内側も忠実に再現


先ず、骨組みを作り➡板や壁を貼りつける



屋根の上面


屋根の色の退色表現

軒下の多数の細長い角材「飛えん垂木と地垂木」は実物と同数で作成

多数のリベットは1個ずつ手入れ

当時写真を参考に、写真のような
数種のボルト・半球リベット等で
リアルさを加えていきました・・


■その他パーツ


人物模型 製作途中の写真です 爪楊枝の先に「頭」が・・・ (ジオラマ登場は30人余り)

人物模型 何故か 制作者に似てくる・・・・


閉塞器 閉塞器周辺は写真が残っていて、それを参考に作成し ました

鬼飾り 現在の駅舎には「鬼瓦」が付いているが、戦後から廃線時までは何も付いていない しかし、戦前の写真にはそれらしきシルエットが映っている
よって推測ですが、建築当時は金属製(板金細工or鋳造?)の「鬼飾り」が付いていたが、戦時中の「金属供出」で接収されたのではないか?
又、文化庁の資料によると、屋根は「鉄板瓦棒葺」となっていて、その可能性は非常に高いと思われます。
ここでは、建物に敬意を払い元通りに! 戦前のシルエットを参考に、模様はネットの古い金属製「鬼飾り」を参考に制作しました

電気スタンド 柱部は、心材はΦ0.3mm真鍮線で、その外側はチップLEDのリード線2本を丁寧に巻き付けフレキシブル素材に見えるようにしました
LEDの上には約Φ1.5mmに加工した透明アクリルを艶消し仕様にした電球を接着します

机と椅子 素材感を出す為、机天板には桜材の突板を使用し、塗装後に剝がしています
椅子の生地部も同様にして酷使した感じにしました



運転手・運転席も制作
パンタグラフは特に念入りに作成

大八車は便利な運搬手段だったと思います 今回自転車の完成が間に合わず残念!

小荷物用の秤
